世界の人たちの心に響く IC を提供していく
オーディオ IC 開発の今と未来
INSIDE
AKM のオーディオ IC への取り組み
旭化成エレクトロニクス (以下 AKM) は市場の声に耳を傾けながら技術開発を続け、製品化を実現してきました。今回、AKM のオーディオ IC を皆様に広く知っていただくとともに、AKM の今とこれからのオーディオ IC 製品開発への取り組みについて紹介したいと思います。
(本稿は一般社団法人日本オーディオ協会は「JAS ジャーナル 2020年7月号 」へ寄稿させていただきました。)
Table of contents
1. 旭化成はオーディオ市場で既に 33 年の実績
2. オーディオ IC のリーディングカンパニーとしての取り組み
2 - 1. プロオーディオ市場に向けた低群遅延の追求
2 - 2. カーインフォテイメント市場に向けた低遅延の追求
2 - 3. 高音質を目指す先んじたハイレート・フォーマットの提案
3. ピュアオーディオ+ポータブル、車、プロオーディオ、配信に向けた幅広いラインアップ
4. AKM のオーディオブランド「VELVET SOUND」
参考文献・著者紹介
M&S センターソリューション開発第一部
シニア オーディオテクノロジー エキスパート
1991 年 長岡技術科学大学大学院修士課程修了、同年旭化成株式会社に入社。入社後オーディオ用 ΔΣADC/DAC を中心に CMOS IC の設計に 23 年携わる。
1. 旭化成はオーディオ市場で既に 33 年の実績
AKM がオーディオ IC を市場に提供し始めてから今年で 33 年になります。ΔΣ 変調技術をベースにこれまで多くのオーディオ IC を世に送り出してきました。また 2000 年からは IC 性能向上と音質向上を図りながら、 PCM/DSD のハイレート化、 PCM32 ビット高分解能対応 IC を他社に先駆けて市場に提供し、次世代のハイレゾ化を見据えた製品開発を進めてきました。
A/D コンバーター ( 以下 ADC ) に関しては、プロ用機器を中心にワールドワイドの多くのお客様に採用いただき、「 ADC と言えば AKM 」とのお言葉を頂いています。近年 D/A コンバーター ( 以下 DAC ) でも、民生機器・プロ用機器のお客様での採用が広がっている中で、知名度が向上してきたと自負しています。
2 . オーディオ IC のリーディングカンパニーとしての取り組み
AKM 製品を採用頂いたお客様からは、次の製品開発に繋がる沢山のフィードバックを頂いています。そのフィードバックを次製品開発の新機能として取り入れることを常に心がけています。その一例として ADC/DAC における低群遅延とハイレート・フォーマットの対応を取り上げたいと思います。
2 - 1. プロオーディオ市場に向けた低群遅延の追求
コンサートや録音環境下における演者へのモニターフィードバックのシステムは図 1 のような構成が一般的に知られています。ご覧いただくと分かるように、ボーカル・楽器の音を取り込み、モニタースピーカーへフィードバックするパスと、メモリーに録音するパスが存在します。いずれの場合も ADC が必要です。またモニタースピーカーへはデジタルシグナルプロセッサー (以下 DSP と略 ) にてデジタル処理された信号を DAC にてアナログ信号に変換する信号パスが存在します。
ボーカル・楽器がモニタースピーカーにフィードバックされる場合、その遅延時間が数十ミリ秒あるとエコーのような状態が発生するため、ボーカリストは正しい音を発することができなくなります。従って、低群遅延処理が必要となります。
例えばサンプリング周波数 (fs) が 48kHz の場合に、AKM の ADC/DAC でのデジタルフィルターの最長および最短の群遅延時間を比較すると表 1 のようになります。その差はおよそ 0.8 ミリ秒になります。
前述したように遅延が数十ミリ秒あるとボーカルに影響が出るため、実際は数ミリ秒またはそれ以下のできるだけ短い時間でシステム設計がなされます。コンサート、録音システムでは、DSP が複雑な信号処理を実施するため、多くの演算時間が必要になります。ADC/DAC の群遅延が 0.8 ミリ秒減少することで DSP の処理時間に余裕が持てます。
このようにアナログフロントエンドの ADC/DAC の低群遅延化は DSP の演算時間確保に大きく寄与します。確保された演算時間を他の信号処理に活用する、または演算処理能力が低い DSP(= 安価な DSP) に置き換えるなど、システムにおける DSP の選択肢が広がります 。
表 1 デジタルフィルター群遅延比較表 fs = 48kHz の場合 単位 [ミリ秒]
Sharp Roll-off | Short Delay Slow Roll-off | |
---|---|---|
ADC | 0.4 | 0.1 |
DAC | 0.6 | 0.1 |
Total | 1.0 | 0.2 |
フィードバックシステムでは DAC のデジタルフィルターは低群遅延がキーポイントになりますが、DAC の主な用途である民生オーディオ機器での再生では、デジタルフィルターは音の好みで選択されます。また作り手の音の好みや製品仕様によりデジタルフィルターを固定にしたり可変にしたりと様々です。本稿では詳述しませんが、AKM では作り手の音の選択肢を広げるべく、6 つのデジタルフィルターを独自の設計手法で実現し提供しています。
一方、フィードバックシステムが必要のないプロオーディオ機器のパスでは、遅延は特に問題になりません。ただし、その場合は録音品質を重視したデジタルフィルターが必要になります。
特にオーディオ帯域内における周波数特性のフラット性や帯域外の減衰量が重要視されます。
従って、同じシステム内で使用される ADC でもその用途に応じて、異なるデジタルフィルターが必要になります。これらの理由から AKM の ADC および DAC では複数のデジタルフィルターを取り揃えています。図 2 には ADC と DAC のデジタルフィルターのインパルス応答と群遅延のラインアップ例を示しています。
次にデジタルフィルターの低群遅延化に関連する AKM の最新の取り組みについて紹介します。
AKM では、新たなコンセプトとして DAC のアナログ部とデジタル部を別 IC に分離する AK4498 + AK4191 という提案をさせていただいています。このコンセプトは音質を最重要視した結果、生み出されたものです。一方で、システムにおける群遅延の最小化など、デジタル処理の可能性も大幅に広がります。例えばアナログ IC は AK4498、デジタル IC はより高性能な DSP や FPGA を用いるとシステム設計の自由度が上がり、更なる低群遅延が実現できます。詳しくは右のニュースリリースをご参照ください。
2 - 2. カーインフォテイメント市場に向けた低遅延の追求
カーインフォテイメントでも、信号処理遅延が性能を左右する機能が多く存在します。その例として双方向・車室内コミュニケーションがあります ( 図 3) 。このシステムでは、通話者から発せられる直接音と通信時再生される音の時間差が、通話の違和感を作る大きな要因となります。 音声信号はマイク入力からスピーカー出力までの間に ADC/DSP/DAC の処理がなされます。
ADC/DAC では入出力の信号の時間差が群遅延で現されるため、群遅延を最小化することでシステム信号処理遅延の最小化に貢献できます。図をご覧いただくと分かるように、多くのデジタル処理が必要となります。双方向・車室内コミュニケーションは狭い空間でのリアルタイム通信のため、これらの処理に多くの遅延が生じると違和感につながります。違和感を極力少なくする為には、演算処理による遅延の最小化が重要です。
2 - 3. 高音質を目指す先んじたハイレート・フォーマットの提案
オーディオフォーマットとしては近年 PCM・DSD が広く用いられ、またネットワークの速度向上に比例して、サンプリングレートも幅広い範囲に対応することが求められています。
図 4 は PCM,DSD の CD から最新オーディオフォーマットの情報を記載しています。この図の縦軸は各オーディオフォーマットのビット数、横軸はビットレートです。
PCM はマルチビット (16~32 ビット) 、DSD は 1 ビットのデータであることはよく知られています。これらのデータはデータ分解能 ( ビット数 ) とデータ速度の 2 つのパラメーターがあり、単純な比較では分かりづらくなります。ここでは、両データの情報量を同じ土俵で表現する方法として、オーディオフォーマットのビット数とデータ速度を掛け算した「ビットレート」を横軸に用いています。
図 4 の横軸が右に行くほどビットレートが上がります。ハイレゾ化が進むとビットレートが上がることが分かります。これを言い換えると、無限の情報量を持つことと等価になります。即ちハイレゾ化が進むことは、オーディオフォーマットの種類にかかわらず、音源が限りなくアナログに近づいていくと言えます。
AKM は 2000 年に開発した製品からハイレゾ対応製品を充実させてきました。現状、通信速度・記憶媒体の容量・IC の処理能力など物理的な制約があるため、DSD512 (22.579MHz)および PCM 768kHz/32bit がハイレゾの上限となっています。
今は無理でも 10 年後にはどうなるかわからないのが技術の進歩です。研究レベルでは GHz オーダーの 1 ビットサンプリングでのデータ処理の検証がなされています [1]。今後更に、通信速度や IC の処理能力が向上していけば、よりハイレートな音源をストリーミング配信等にて楽しむことが可能となるでしょう。AKM は今後のハイレゾ化を見据えながら、継続して技術開発・製品開発を進めます。
3. ピュアオーディオ+ポータブル、車、プロオーディオ、配信に向けた幅広いラインアップ
本章では、これまで説明した ADC/DAC ラインナップや最新のポータブル用 IC、車載用 IC を紹介させていただきます。
AKM はプロオーディオ・民生ハイエンド機器のアプリケーションをはじめ、ポータブル機器・車載オーディオへも広くオーディオ IC を提供しています。2000 年に世界初の 32bit ADC/DAC を上市しました。以降オーディオの発展の可能性を見越し、サンプリング周波数 ~ 768kHz/DSD512 に対応しています。現在、プロオーディオ・民生で、多くのお客様に採用いただいている最新の製品ラインアップは以下となります。
表 4. ADC ラインナップ
ADC P/N | Ch | Resolution [bit] |
S/N [dB] |
THD+N [dB] |
Max fs [kHz] |
DSD Input [MHz] |
Sound Color |
---|---|---|---|---|---|---|---|
AK5397EQ | 2 | 32 | 127 | -108 | 768 | - | 3 types |
AK5572EN | 2 | 32 | 121 | -112 | 768 | 11.2 | 4 types |
AK5574EN | 4 | 32 | 121 | -112 | 768 | 11.2 | 4 types |
AK5576EN | 6 | 32 | 121 | -112 | 768 | 11.2 | 4 types |
AK5578EN | 8 | 32 | 121 | -112 | 768 | 11.2 | 4 types |
AK5552VN | 2 | 32 | 115 | -106 | 768 | 11.2 | 4 types |
AK5554VN | 4 | 32 | 115 | -106 | 768 | 11.2 | 4 types |
AK5556VN | 6 | 32 | 115 | -106 | 768 | 11.2 | 4 types |
AK5558VN | 8 | 32 | 115 | -106 | 768 | 11.2 | 4 types |
表 4. DAC ラインナップ
DAC P/N | Ch | Resolution [bit] |
S/N [dB] |
THD+N [dB] |
Max fs [kHz] |
DSD Input [MHz] |
Sound Color |
---|---|---|---|---|---|---|---|
AK4499EQ | 4 | 32 | 134 | -124 | 768 | 22.4 | 6 types |
AK4497EQ | 2 | 32 | 128 | -116 | 768 | 22.4 | 6 types |
AK4493EQ | 2 | 32 | 123 | -113 | 768 | 22.4 | 6 types |
AK4490EQ | 2 | 32 | 120 | -112 | 768 | 11.2 | 5 types |
AK4452VN | 2 | 32 | 115 | -107 | 768 | 11.2 | 5 types |
AK4454VN | 4 | 32 | 115 | -107 | 768 | 11.2 | 5 types |
AK4456VN | 6 | 32 | 115 | -107 | 768 | 11.2 | 5 types |
AK4458VN | 8 | 32 | 115 | -107 | 768 | 11.2 | 5 types |
AK4468VN | 8 | 32 | 117 | -107 | 768 | 22.4 | 5 types |
また、最新のポータブル用 IC には、弊社ブランドである「VELVET SOUND テクノロジー」を活かし高音質・低消費電力を実現した AK4332 (Mono DAC)、AK4331 (Stereo DAC) があります。
カーインフォテイメント用 32bit 浮動小数点演算対応オーディオ専用 DSP としては、ハイレゾ音源の音場処理やハンズフリー用途で車載ヘッドユニットに採用されてきた ベストセラー製品 AK7738 の後継品 AK7739 の提供を開始しています。車室内で音楽を聴き、ハンズフリーで電話する、そんなシーンをこの製品で実現します。この製品にも「VELVET SOUND テクノロジー」を使った DAC を搭載しています。
更に自動車への搭載が進むアクティブノイズ制御システム (ANC*) やロードノイズ制御システム (RNC*) 向けに、マイク用 4 チャンネル ADC AK5734 の提供を開始しました。これら製品は車載通信用に不可欠なマイク接続状態の自己診断機能を搭載しています。本シリーズ品は群遅延に関しては、従来に比べ 20% 減を実現し、使い勝手を向上させています。更に ADC 入力を 1.48MΩ という超ハイインピーダンスで実現することで ADC 前段アンプの選択肢を大幅に広げています。
本章最後になりますが、昨今の新型コロナウイルスの影響で自宅にいる機会が増えてきている環境下で AKM が次の IC 開発で何ができるのかを少し考えてみました。
在宅により WEB 配信の利用が増えている中で、音楽録音における YouTube 配信での「オーディオインターフェース」の活用といった需要が伸びてきています。配信をするには PC・スマホ・タブレットがあれば事足りますが、BGM を加えたり、高音質配信をする場合には、オーディオインターフェースのようなシステムが必要になります。図 6 にはこのような配信をするためのシステム概略図を示しています。
AKM の ADC は、多くのオーディオインターフェースメーカー様にご採用いただいています。今後、ストリーミングライブやリモート合奏という新しい動きをより発展させ、音楽をより多くの方に楽しんでいただけるようライブの臨場感、一体感を向上させることで、我々は新しい価値を提供したいと考えています。
4. AKM のオーディオブランド「VELVET SOUND」
2014 年から私たちはオーディオテクノロジーを一新し、AKM のオーディオブランドとして「VELVET SOUND」を打ち出しました。2019 年に独ミュンヘンで開催されたオーディオ展示会「HIGHEND」にも、半導体メーカーとして唯一出展しています。
現在、ブランド Web から様々な発信を行っており、オーディオマイスターの動画含めた技術紹介、オーディオ IC にまつわる用語解説、採用事例、VELVET SOUND のオフィシャルブランドアンバサダーであるベルリンフィル・第一コンサートマスター樫本大進氏へのインタビュー記事なども掲載しています。是非ご覧ください。
参考文献
[1] 金本貴徳、石原寧人、八十島乙暢、及川靖広、山崎芳男 (早稲田大学)
「最近の 1 ビット技術の応用」 第 8 回 1 ビット研究会 (Dec. 2013)
著者プロフィール
安仁屋 満(あにや みつる)
1991 年 長岡技術科学大学大学院修士課程修了、同年旭化成株式会社に入社。入社後オーディオ用 ΔΣADC/DAC を中心に CMOS IC の設計に 23 年携わる。現在は旭化成エレクトロニクスにおいて、シニア オーディオテクノロジー エキスパートとして、オーディオ IC の製品開発に従事している。