より良い音質を求めて

- デジタルフィルターと音質 -

オーディオマイスター解説 #01

デジタルフィルターと回路ノイズ

AKMが世界で初めての32bit オーディオ D/A コンバーター (DAC) AK4397 を量産したのは2007年です。開発のきっかけは「32bit処理をしているDSPの出力をそのまま受けることが出来るDACがない」というお客様の声でした。32bit化するにあたり、従来の24bit製品よりも音質が向上するという確信はあったのですが、実験チップを作成し音質がどうなるのかを確認することにしました。

実験チップを作成するにあたり、デジタルデータが必ず持っている折り返しノイズの影響も確認しようということになり、デジタルフィルターの阻止値が従来相当の100dBのものと、10倍向上させた120dBの実験チップを作成しました。

結果としては、32bit化した方が音質の向上を得ることが出来たのですが、デジタルフィルターの阻止値に関しては期待とは異なり、100dBの方が120dBのものに比べ音質的に好ましいものでした。当初は原因がよくわからずかなり戸惑ったのですが、色々な検討を行った結果、デジタル回路の動作時に発生している回路動作起因のノイズが音質に影響を与えているという確証を得ました。つまり、デジタル回路規模は小さいほうが音質は良いということです。

音質への影響を考えると、デジタルフィルターの折り返しノイズ量とデジタル回路が発生するノイズのバランスをとる必要があるということになります。この経験からAKMのDACに搭載するデジタル回路は、必要最低限のデジタル回路にとどめるようにしています。

フィルターレスポンスと音質

第2弾の32bit DAC AK4399 の開発の方針として、デジタルフィルターの低群遅延化がありました。特に北米マーケットで群遅延特性 (デジタルの処理時間) が他社に対して劣っているという声が聞こえてきたためです。また、低遅延はエコーキャンセルやノイズキャンセルの用途でも必要になってくるということもあり、新しいフィルターのコアを開発することになりました。

初めての試作品では、フィルターの群遅延特性はターゲット仕様を満たしており、周波数特性を含め特性的にも問題ないものでした。しかし、いざ試聴してみるととんでもない音質であることがわかりました。人間の感性には全く合わないのです。原因究明は困難を極めましたが、原因はインパルス応答にあるという結論にたどり着きました。試作品のインパルス応答はプリエコーがあり、ポストエコーがないという物だったのです。

音が出る前に反応があるのがよくないのだろうという推測の下、現在の Short delay sharp roll off filter が完成しました。試作品で失敗したということもあり、量産化の前には信頼のおけるお客様に試聴してもらい、確認を取った後に量産する運びとなりました。昔から言われていたデジタルオーディオの "デジタル臭さ” の原因の一つがフィルター処理にあることを知ることができたのでした。

これに気をよくし、意気揚々と AK4399 を楽器メーカーのお客様へ紹介に行った時のことです。試聴の後「これ、私が録音したドラムと位置が違う」と言われてしまいました。また問題発生です。シンバルやタム、ハイハットの位置が録音した時と微妙に異なって聴こえてしまうということでした。

こういった問題点を次の製品開発で対応しました。それが Short delay slow roll off filter です。これは AK4482 に搭載しました。これをもって、同じお客様のところへ行き、位置が正しいと言ってもらえた時は心底安心しました。お客様からの声に耳を傾け ”音質” にこだわり、失敗を繰り返しながら作り上げてきたのが AKMのデジタルフィルターです。

フィルターの音質と嗜好

こうして2020年現在、AKMのデジタルフィルターは以下の計6種類が存在します。

種類も多いため、お客様からは「どのフィルターが一番いいの?」と聞かれることがありますが、これが一番というものはなく、最終的には音質の好みで選択してもらうようにお願いしています。一例ですが、音質の好みに関しては地域的な傾向があるように感じています。というのも、これまで多くのお客様や、AKMの海外拠点メンバーに対してフィルターの違いをデモする機会があったのですが、おおむねアジア圏の人々は Sharp roll off filter, Slow roll off filter を、欧米のお客様は Short delay sharp roll off filter を好まれる傾向があるようです。

なぜ音質の好みに地域性が出るかを色々考えてみたのですが、その人が話す言語の特徴が影響を及ぼしているのではないでしょうか。言葉のなかで、子音の重要度が高い言語を話す人はプリエコーのない shortタイプを、母音が重要度の高い言語を話す人は対照型の特性のフィルターを好むように感じています。一番耳にする頻度が高く、コミュニケーションに重要な部分を占める言語 (母国語) が、聴感の好みを決めているのではないのでしょうか? 非常に興味深い傾向だと思っています (あくまで仮説です…) 。

我々としては "このフィルターが一番良い" とは言い切ることができません。むしろ、オーディオメーカー様含めたお客様にて、一番しっくりくるフィルターを選んでもらうものだと考えています。

佐藤友則

オーディオマイスター 佐藤友則 Tomonori Sato 

旭化成エレクトロニクス株式会社 マーケティング&セールスセンター

1998年、旭化成に入社。入社当初よりオーディオ用 IC の開発に携わり、世界に先駆けて32ビット DAC および ADC を企画。2009年に旭化成エレクトロニクスのオーディオマイスターに就任、以降 VELVET SOUND シリーズとして AK4490/AK4497/AK4499 などの DAC チップを世に送り出し、多くのオーディオ機器に採用されている。音質チェックには、アルゲリッチやクレーメルの共演による1988年フィリップス盤『サン=サーンス:動物の謝肉祭』などを使用。趣味は自作スピーカーの製作で、自作エンクロージュアをフォステクスの限定ユニットで鳴らしている。